ベトナム最大の商業都市、ホーチミン市。
人口は周辺部を含めると約800万人、その数は年々増加の一途を辿っている1976年以前まで「サイゴン」の名で親しまれていた。現在のサイゴン港がその名残であるが、サイゴンは国内市場のみならず穀倉地帯のメコン・デルタの重要な輸出港として発展を遂げていた。
19世紀後半のフランス占領時代にはお米の他、ゴム、コーヒー、胡椒等サイゴン港からの輸出が益々活発になっていった。街はサイゴン川の西側に開けており、町並みもフランス風の建物や建造物が次々に建てられ、当時のサイゴンは「プチ・パリ」と称えられていたが、ここ十数年で急激な変容を遂げ、今では整然と並ぶ街路樹やシックなコロニアル様式の建物、カトリック教会に僅かにその面影を残すだけとなった。
「サイゴン陥落」で知られる1975年の独立革命勝利とベトナム南北統一によって、サイゴンはまた、その勝利を確定した地であり歴史の証人となった。その翌年に建国の父と呼ばれるホー・チ・ミン主席(1890~1969年)を因んでサイゴンは「ホーチミン市」と改称された。
ホーチミン市は1986年の開放政策に伴った市場経済の波にのってその変貌が目まぐるしく、市内の社会基盤、経済基盤,インフラ整備・拡張をはじめ、市内の一極集中を避け幾つかの成長センターを作り、小型衛星都市・工業住宅地を形成しようとする総合再編をしている。
現在は市場経済を軸とした自由競争は、益々街や人々に活力を与え、進化をしている。高層ビルが増え、外国企業の広告看板が林立、お洒落な店やレストランも次々にオープンし、通りやロータリーは一日中、車やバイクで溢れ返っている。
ベトナム観光をホーチミン市からスタートしたら、「社会主義国ベトナム」のイメージは大きく裏切られるだろう。
留まるところを知らないこの大都市は、強烈な日差しのようにエネルギッシュなパワーで今日も発展し続けている。
ベトナム北部に位置するハノイは、今から約1000年前、時の李(LY)王朝(1009~1225年)の創始者リ・コン・ウアンが新しい国造りの一環としてそれまでの首都ホアルーからダイラ城(現在のハノイ・旧市街)に移した。
ハノイには大小10を超える湖が有り、中でも、西側に広がるホータイ湖(西の湖)がもっとも大きく人々に安らぎを与え、歌や詩にも登場する。中心部
のホアンキエム湖の北西側に旧市街、通称36通りが広がり、そこには畳屋通り、金物屋通り、帆屋通りなど、軒並みを貫く昔ながらの職人通りの面影がそのまま残っている。
ハノイ市は政治・文化の中心であり、国会・最高裁・官庁・政府系機関が集中して、政治の中心である。また国内の工業の中心地で、農産物の集散地ともな
っている。現在周辺部を含めると400万人以上の人口を抱えているベトナム北部最大の都市に発展してきています。